アダルトチルドレンは自己受容から始めよう
YouTubeでもっと詳しく話しました。
1,なぜありのままの自分を受け入れられないのか
ありのままの自分を愛されずに育ってきた人は、直接言葉では言われなくても非言語的な態度などで
ありのままのあなたではダメ
ありのままのあなたは存在してはいけません
ありのままのあなたへ迷惑な存在です
というメッセージをもらいながら育ってきているのと同じです。小さい頃からずっとこのようなメッセージをもらい続けていれば、脳にしっかりとこびりつきます。
人生の最初のほうで青色のコンタクトレンズを入れられたとします。世界が全部青寄りに見えます。
でも本人は小さい頃からずっとその世界を見ているのだから、「これが本当の世界だ」と疑いません。
誰かに「世界はあなたが思っている色とは違いますよ」と言われても信じられません。
アダルトチルドレンは人生の最初のほうで「ありのままの自分ではダメ」という色のコンタクトレンズを入れられているんです。
このコンタクトレンズを外せたら人生の色は変わります。
ただ、実際のコンタクトレンズのように、外そうと思えば簡単に外せるものではありません。
理想を言えば、無条件で愛されていたら「このままの自分でいいんだ」というのが染み込むはずだったんです。
でも、存在しているだけで無条件で愛してもらえることがなかった人は、気づいていなくても、今までの人生でおそろしいほど業績思考が染み込んでいるんです。
なにかを達成しないと自分は価値がない
という価値観が染み込んでいるんです。
だから、無条件で愛されるという体験がなかったのにもかかわらず、無条件で愛された人と同じ感じ方を身につけるのは無理があります。
でも、その無理に挑戦していくのがアダルトチルドレンなんだと思います。時間と努力と練習は必要だし簡単ではないですが、完全になる必要はありません。
少しでも無条件で愛された人の感じ方に近づければ少し世界が変わってきます。
2,こういう自己批判をしている
自己否定色のコンタクトを外すには、まず自分があれもこれもそれも自己否定をしているということに気がつかないと始まりません。
わかりやすいのから例を出せば、多くのアダルトチルドレンはゴールに到達しようとして、そのゴールに到達していない自分を責めたり否定したりしています。
幸せになることを目的にしているのではなくて、自分ではない人間になることを人生の目的にしているんです。
あるいは、本当の自分を周りに隠しきることを目的にしているんです。
自分ではない人間になることを人生の目的にしていたり、自分を隠すことを目的にしているということは自己否定です。
目標は必要ですが、それがクリアできなかったからといって自分の価値が下がるわけではないのに、まるで価値が下がるかのように感じてしまうところに問題があります。
このような人は連休が終わると
あーしまったー。仕事の役に立つことをなにもしないで遊んでいただけで連休が終わってしまった。
勉強しないで本を読まないで、TV見ただけで終わってしまった。あー最悪だ。ダメ人間だ。
などと感じるかもしれません。これも
結果を出さなければいけない
ゴールに近づかなければ価値がない
ありのままの自分ではいけない
なにかを達成しない自分には価値がない
という業績思考が染みついているんです。
それしか自分を判断する基準を持っていません。だから、なにかを達成しなければ、あるいは達成に近づかなければ、自分の価値を認めることができません。
この思考は、人の役に立つために作られたロボットが持つべき思考です。人の役に立つために作られたロボットには、達成しないと価値がないと感じてもらわないと困ります。
気づいてほしいのは
親は一生懸命やっていて悪意はなかったとしても
無知だったり
忙しくて時間がなかったり
子育て能力がなかったり
心が未成熟で
あなたを人の役に立つロボットにしてしまった人がいたということです。
子育ては大変なので心が未成熟のまま親になってしまった人は、できることを精一杯やりながらも限界があります。
また、愛を持っていない親もいます。ないものはないし無理なものは無理です。
無条件で子供を愛することが無理であれば、子供は弱いので操り人形やロボットにしてしまいます。
操り人形やロボットとして育てられている人は、親の意図通りに操られた時だけ自分に価値を感じられるんです。このような人は
存在しているだけでOK
ありのままの自分でいいんだ
ありのままの自分で愛されるんだ
ということがどうしてもわかりません。
脳の土台が間違っているんです。愛を経験していない人は
役に立たないとここにいてはいけない
ありのまま自分では存在してはいけない
という思考回路になります。これが土台にあるから、「早くこうならなければいけない」と感じるんです。
無意識であっても、土台でありのまま自分では存在してはいけないと感じているのだから
こうなれたらいいな
こうなりたい
というふつうの人の目標とは違って、切羽詰まった「こうならなければいけない」、という感じ方になります。
切羽詰まっているのに、でも実際の自分はこうならなければいけない自分になれていないから、自分に怒りや憎しみやストレスを感じたり、抑うつ感情になったりします。
気づかなければいけないことは、土台がおかしいことは無視しているということです。
土台が傾ていることをを無視して、土台の上の部分を「皆のようにしなければ」と焦っています。
よく「劣等感は努力の源になるので劣等感は悪いものではない」と言う人がいます。
この言葉を指示するかどうかということは置いておいて、アダルトチルドレンは自分の欠点をすごく嫌がるのでものすごく努力をします。
自分で気づいていなくてもほとんどの人はものすごく努力をしています。
それも「努力しなさい」と言われていないのにものすごく努力をしているんです。そこで、仮にその欠点が治ったとします。
でも、土台で自分を否定しているのだから、仮にその欠点が治っても他に自分の嫌なところが出てきます。
これは自分を否定しているアダルトチルドレンの特徴の1つです。
そもそもありのままの自分を愛されて育ってきたら、「皆のようにしなければ」という思考にもならないし、切羽詰まった「こうならなければいけない」という感じ方もしません。
ありのままの自分を否定されて育った人は、土台に「ありのままの自分ではいけない」みたいなのがあるから、「皆のようにしなければ」とか、切羽詰まった「こうならなければいけない」という感じ方になるんです。
この土台を「ありのままの自分でいいんだ」に変えれば、軽い「こうならななければ」という感じ方は出てきても切羽詰まった「こうならなければ」という感じ方ではではなくなります。
軽い「こうならなければ」は出てきても軽いので、その思考を選択しないこともできますが、
切羽詰まった「こうならなければ」の時は自動でその思考を選択しています。自動で心を壊す道を進んでいます。
あらゆる面に言えることですが、アダルトチルドレンは無意識で生きていると決して良い方向へは進みません。逆走します。目指す方向は
土台を変える努力と
意識的に自分をよい方向へ導く努力
意識的に思考や人生を選択する努力が必要です。
3,こういう努力をしよう
進む方向がわかればほんの少しずつかもしれないけど前進できます。でも多くのアダルトチルドレンは、進む方向がわかっても自分を責めるので後退してしまうんです。
いつもいつも後退しています。だからいつまで経っても進みません。
たとえば、自分に優しくなるのが進む方向だとわかっても、それができないのであれば、まずは「自分に優しくしよう」と心に留めましょう。
それでワーク成功です。これはほんの少ししか進んでいなくても逆走していません。
今まで何十年もかけて、脳を委縮させたり歪めてしまったのだから
自己蔑視はやめようと思えばやめれるわけではないし
こうしようと思えばこうできるというわけでもありません。
自分に優しくしようと思っても簡単には優しくできません。1度はできてもそれを継続することはとても難しいです。
自分に優しくできるようになるためには準備が必要です。
たとえば、自分に優しくしようということを何度も意識して脳の中に植え付けないとすぐ忘れてしまいます。
「自分に優しくしよう」と心に留めたということは、一歩進んだということです。それだけで成長しているということです。
アダルトチルドレンはちょっとしたこで自動思考が乗っ取られてしまいます。
ちょっと批判されたり責められると自動思考が全部そのことに集中して胸が苦しくなったりします。
あなたの認知は歪んでいます
あなたの自動思考はネガティブです
だから早く治したほうがいいですよ
というアドバイスを目にしているかもしれません。
そこでまた、自動思考が治らない自分を責め始めるんです。
自分の問題点に気づくことは絶対に必要です。気づかなければ治しようがありません。
問題は次です。気づいたらすぐにゴールに行けるというのは
自分の欲求は完全に満たされて当たり前だ
自分には困難があってはいけない
というような幼児的万能感です。一気にゴールに行くことを期待せずに一歩ずつ進みましょう。
自分は自動思考がおかしい
認知が歪んでいる
ふつうではない
だからダメ人間だ
早くどうにかしなくては
ではなくて、
わお、自分はこうなんだな
です。
たまたま、小さい頃の環境で、ありのままの自分を愛されるという経験はできなかったけど、本来は存在しているだけで愛されるんです。
なにかを達成しなくても価値はあるんです。
だから、「自分はこうなんだな」と気づいても、そこに自分に対するジャッジを加える必要はありません。だから、「自分はこうなんだな」で終わりです。
これがありのままの自分を受け入れるということです。
ありのままの自分を受け入れるということと、向上心がないということは同意ではありません。
「これが今の私なんだ」と認識してその自分を受け入れて、その上でもっとこうなりたいという方向へ進むのと、自己否定をベースとした切羽詰まった「こうならなければいけない」という感じ方でこうなりたい方向へ進むのはまったく違います。
続きはYouTubeでもっと詳しく話しました。
アダルトチルドレンが生きやすくなるための本を書きました。
最後に
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